調布(ちょうふ)
調布の駅前で隻腕の老人を見かけたら、それは水木しげるの幽霊かもしれない。太平洋戦争で片腕を失ったこの漫画家は、元来アンダーグラウンドな資質の持ち主であったが、紙芝居、貸本漫画とキャリアを重ね、『ゲゲゲの鬼太郎』シリーズで一躍国民的漫画家となった。水木の描く妖怪は、日本古来のアニミズムと現代日本のキャラクター文化を繋ぐ触媒でもある。調布駅北口の天神商店街には、鬼太郎ら妖怪の像が設置されている。何度か盗難などのいたずらにあっているようだが、水木は怒りをあらわすこともなく「犯人の身に何も起こらなければよいが……」と、その身を案じたという。長年調布で働き暮らしており、今も調布市内の寺で安らかに眠っているはずだ。
調布から京王相模原線でひと駅、京王多摩川周辺を舞台につげ義春は『無能の人』などの漫画を描いている。水木しげるのアシスタントも務めたつげは私小説的漫画、紀行文的漫画を経て『ねじ式』で頂点をむかえた。この『ねじ式』の主人公は60~70年代の土着的ポップカルチャーのアイコンとして、今も横尾忠則に並び立つ。自身が見た夢を創作のヒントにし、シュールで幻想的な作品に取り組んだが、やがて不安そのものを描き始め、しばし活動休止へ。復帰後の連載シリーズ『無能の人』では、多摩川べりで石を売る主人公を通して、つげが抱く世捨て人への憧れが描かれている。その後わずかに作品を残して以降、新作は発表されていない。現在も調布周辺でひそかに暮らしていると伝え聞くが……。